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沖縄の披露宴ーその変遷
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作成日時 : 2008/04/22 19:34
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昨日、清明祭の料理の変化を書いたら、関連して結婚式披露宴の変化も思い出したので、今日は、それを書いてみよう。
私が、初めて披露宴に呼ばれたのは、24歳、石垣で勤めていた頃だ。確か4歳の頃、伊江島で叔母の結婚式に参加したはずだが、私は、残念ながら、馬車に乗せられたことしか覚えていない。幼児の記憶の常で、印象に残ったことだけが記憶されるのだろう。
石垣で参加した披露宴は、公民館のようなところで、長テーブルに折り詰めの料理、そして1合瓶の泡盛、隣の人と肘が触れ合うような会場だった。正面には舞台があり、そこで様々な余興が披露される。6、7歳とおぼしき可愛い子供が、見事に鳩間節を軽快に踊り、やんやの喝采を受けていたのが思い出される。
人々は折り詰めの料理を、ほんの少しつつきながら泡盛を飲む。そして、折り詰めの下には風呂敷が用意されていて、ほとんど残った料理を包んで持ち帰るのである。子供たちへのお土産なのだ。招待客は、さて、300人ほどだったろうか。
石垣にいる間に、もう一度披露宴に招待されたが、同様の形式だった。昭和49年ごろのことである。那覇ではどうか知らないが、沖縄中、どこでも大同小異だろう。村々の公民館は、披露宴会場でもあったのだ。
本土の披露宴を経験したのは、久留米で妹が式を挙げたときだった。びっくりしたものだ。招待客は両家合わせても50名、ホテルの宴会場で会食、余興は「高砂」のみ、料理はフランス料理のフルコース、粛々と進行し、1時間半で終了したのだ。何もかもがまったく初めてだった。昭和53年のことだ。
さて、この本土風披露宴が、いつの間にか沖縄にも上陸した。式、披露宴をホテルで挙げるようになったのだ。今までのように、祝儀も千円〜3千円という訳にはいかなくなった。料理も引き出物も、公民館方式とはまるで比べ物にならない豪華なものになったからだ。
料理や会場、また引き出物は本土風になったが、沖縄の伝統も受け継がれた。招待客数と数々の余興である。披露宴会場というと、50名でも演技可能な舞台があるのは、たぶん沖縄だけではないだろうか。本土風には決してならなかった。人間関係の有りようが、本土とは違うのだ。私の場合も粘りに粘ったが、240名を招待せざるをえなかった。親の懇願に、どうにもならないのである。
余興も絞り込むのが大変だった。18演目程度に絞らなければ、式自体が2時間半の予定に収まらない。これはもう必死で頑張った。今回だけは、何とか我慢してと、無礼をわびつつお願いして回ったのだ。人間の忍耐にも限度がある。椅子に腰掛けていてさえ、2時間もすると辛くなるものだからだ。
私の場合はうまくいったのだが、世の中には3時間、もしくは、それを超える披露宴もざらである。人数も500名といった披露宴もあり、テーブルごとに、例えば職場の仲間、友人、親戚などとまとめられるので、酒が入ると、司会の進行と関係なく勝手に盛り上がっていたりと、収拾のつかない披露宴も多々経験した。
私の披露宴で、もっとも成功したのが、友人Tが企画したスライド上映だった。Tは芸術家で、本土の美術公募展にも入選や入賞している男だが、また、放送局で美術を担当していて、観せることに関してもプロだった。Tは、スライド自身が雄弁に語るから、解説は不要、そのかわり適当なBGMを、鑑賞の妨げにならない範囲で流す、という企画をした。スライド作成、その映写順序、時間、すべて計算されていた。彼が言うには、人間、同じ画面を見ていて飽きないのは、せいぜい5秒、どんなに長くても10秒を超えては駄目だ、という。
スライド上映は、大成功だった。それまでざわざわ談笑していて、司会の話もあまり聞いていないような状態だったのが、会場が暗くなり、BGMが流れ、スライドが映し出されたとたん、笑い声が上がった。私の赤ん坊の時の写真、妻の写真だったからだ。そして、その笑い声が、次の瞬間ため息に変わった。3年前に死んだ親父と母の若い頃、幼児の私と妹の4人が写ったスライドだった。なお、妻の父親も警察官だったが、23歳の若さで殉職している。次々に映し出されるスライド、観客は、もう完全にその世界に引き込まれている。Tの、まさしく計算した通りになったのだ。
その後、いろんな披露宴で同様のスライド上映を見たが、彼の指摘は正しかった。まず、映し出している時間が長過ぎる。そして、盛り上げようとなされる司会の冗舌な解説。材料は一緒でも、料理の仕方でまるで違ったものになるという感じだろうか。Tのような、見事な演出には、残念ながらまだ出会ったことがない。
折り詰め、1合瓶の泡盛といった、質素なものから、ホテルでの豪華な料理へと、大きく変貌を遂げた披露宴。しかし、それが、新郎新婦を取り巻く地域や職場、親戚などが、こぞって華やぐ一種のお祭りであることは、昔も今も変わらないのである。この、独特な披露宴のあり方も、たぶんずっと続くのだろう。
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