アカバナー通信

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 県議選結果の意味するのは?

<<   作成日時 : 2008/07/02 19:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像 私は、ニヒリストである。冷やかし以外で選挙に行ったことはない。大学時代、広島は、自民2、社会1という指定席状況がずっと続いていた。その圏外に、いつでも某全国的最下位落選政党が名を連ねていた。当選の可能性などまったく無視して、どこにでも候補者を立て、ほとんどの選挙区で落選させる政党である。大学4年のとき、Aの発案で、全員その全国的最下位落選政党の候補に投票し、めでたく落選が報じられると、みんなで万歳三唱をした。

 その政党にとって選挙とは、党勢拡大のための日常活動の一環であり、当選するか否かは、まったく問題外なのであった。その、選挙=日常活動論を堅持し、いまだに全国的最下位落選政党の名に恥じない活躍をしている。60数年続けても、いっこうに党勢拡大につながらないことなど、決して気づこうとはしない。これまた大いに結構なことだ。彼等の選挙活動は、小さな印刷業者にとって極めて有り難い、いわば中小企業対策事業になっている。決して止めてはいけない。

 なお、かつて印刷関連の仕事で、県内の、同政党の息の掛かった印刷所の下請けの仕事をしたことがある。2年間ほどだったが、その時に、同政党の機関紙を紹介され、「どうです。日曜版からとってみませんか」と言われたことがある。むろん断った。私は、最終的に国家は消滅し、人間が十全に生きられる社会が訪れる、と考える人間だ。この世にはいい国家と悪い国家があり、自分達はいい国家を作るんだなどという人間などくそくらえである。そんな考えのもとに、毛沢東もスターリンも、驚くべき数の人間を抹殺した。

 そんな、社会科教師から徹底的に非難されそうな私だが、今回の県議選の結果については、少々戸惑っている。どう理解したらいいのか、いまだに見えないのだ。こんなことを考え続けている私は、やはり偏屈男に過ぎないのだろう。今日は、私がたどっている論理を紹介し、それを通して、自分の思考の渋滞に見当を付けたい。なお、私の疑問に答えられる人があれば、どんどん意見を寄せて欲しい。

 まず、県議選の結果だが、定員48のうち、自公および保守系無所属が22人、野党および革新系無所属が26人、という保革逆転が起きた。県内マスコミも本土のマスコミも、こぞって後期高齢者医療制度がその原因ととらえ、解説している。そうなのだろうが、その先が分からない。後期高齢者医療制度の対象人口は、いったいどのくらいだろうか。その予備軍も含めて、大目に見積もっても、どうしても、それが選挙結果を大きく左右するということが理解できない。消費税の場合と比べ、その影響範囲はあまりに小さい。そもそも、選挙に向けて、各地の老人会が立ち上がった、という話もきかない。

 1960年代後半、70年安保に向けて、学生運動が大きく盛り上がったことがあった。その頃の学生で、集会やデモをまったく経験しなかった人間は、かなり少ないのではないか。ノンポリ(ノンポリティカルの略で、政治に無関心な者をこう呼んだ)と呼ばれた学生でも、心のどこかに、何かしなくてはといった焦りを持っていたものだ。

 ところが、そんな若者たちの動きは、残念ながら、決して社会を動かすに足る力を発揮することはなかった。と、ここに不思議な対照がある。若者がどんなに頑張っても、社会を動かすに足る力になることはないが、老人がへそを曲げただけで社会が動くのだ。少なくとも、後期高齢者医療制度に対し、老人たちが結束して立ち上がった、というわけではない。せいぜいがへそを曲げたくらいなことだろう。だが、それは、県議選で、12年ぶりの保守大敗、という結果になって現われた。なぜだ!これは何なんだ?

 例えば、政府高官の口から、高齢者の医療負担を今まで通り若者にさせていいのかといった、高齢者と若者の対立を演出し、高齢者を孤立させ、若者を取り込もうとするかのような発言もあった。そんな発言も、今はまったく影をひそめたようだ。だが、若者が高齢者に共感し、それが投票行動に結びついた、というのも考えがたい話だ。

 社会全体に手詰まり感があふれていて、小さな失政でも大きく人々が反応するような、過敏な状況があるのだろうか。確かに現代社会は、例えば朝青龍問題に見られるような、現実の小さな動きを神経質に取り上げる、少々神経症的な状況に陥っているような気もする。

 だが、そんな、社会の気分は、単に感覚的に把握されるのではなく、もっと社会構造的に解明されるべきであろう。例えば、社会的に安定して生活できている、と感じられる層が、派遣社員やアルバイトの人達には少ないだろうし、または成果主義的賃金制の導入などで、たとえ正社員であっても少なくなっている、というようなことがあるのだろうか。

 何かが変わり始めている。どこに、どのように変わるのかは分からないが、そんな気がする。少なくとも、年功序列賃金体系や終身雇用は、農村社会とともに、長期自民党政権を支えてきた根幹であり、毎日きちんと勤めていれば、必ずやいい未来があると、無邪気に信ずることができた安定生活者の層は、確実に失われていて、それが、公明党の協力がなければ、1日も政権が維持できない自民党の現状をつくり出している、と思われる。

 40年前、若者が全国的に大きな運動を行ったのに何も変わらず、今、お年寄りがちょっと不機嫌になっただけで世の中が動く、と見えたのは、別に世代の影響力の差というわけではなく、社会基盤という目に見えぬものの変化が根底にありそうである。

 郵政民営化選挙の際に、私は、見事に見誤ったことがある。郵政民営化など、何もすることがなく暇な時にやればいいのであって、改革と言うからには、いくらでもやるべきことがあるだろう、国民は、こんな下らんことに乗せられる訳がない、と考えたのだ。しかし、ものの見事に外した。何と自民党の歴史的大勝利だったのだ。

 何だこれは、とその時から気になっていたのだが、もはや、戦後営々と続いて来た社会構造自体が、雪崩をうって変化し始めているのは、たぶん確かなことなのだろう。ただし、それが、具体的にどういう変化なのか、そしてそれは、今後どういう社会風潮、風俗、現象として現われるのか、ということは、残念だが見えない。

 いずれにせよ、60年安保当時、国民の60%以上が反対だった新条約案を強行採決した自民党が、翌年の選挙で相変わらず勝利したような、そんな民意を反映しない状況は、社会構造というレベルで確実に変わりつつあるということは、確かに言えるような気がする。



現代の政党と選挙 (有斐閣アルマ)
有斐閣
川人 貞史

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ


選挙法制と政党法
楽天ブックス
ドイツにおける歴史的教訓 著者:上条貞夫出版社:新日本出版社サイズ:単行本ページ数:237p発行年月

楽天市場 by ウェブリブログ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文