アカバナー通信

アクセスカウンタ

zoom RSS ジンバブエを巡っての雑感

<<   作成日時 : 2017/11/29 08:34   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像 アフリカのジンバブエで政変が起きた。軍によって大統領が軟禁状態に置かれ、国営放送が占拠されているというのが第一報だった。その後、辞任要求を受け入れない大統領に対する議会による弾劾の動きが表面化し、大統領も辞任やむなしというところに追い込まれたようだ。

 ところが、そのあとは途端にニュースが少なくなった。私が見落としているのだろうか。自分の妻を後継者にしたかった大統領が辞任に追い込まれた以上、この事件の直前に解任された副大統領が、大統領に就く見通しということだったが、実際はどうなったのだろうか。

 93歳の大統領というのにも驚いたが、1980年に首相に就任して以降、37年間もの長きに渡って権力の座にあったということにも驚いた。どういうことか、何の情報もないので理解のしようもないが、選挙のような仕組みがまだないのだろうか。あるいは、あったとしても形式的なものに過ぎないのだろうか。何にせよ信じがたいことである。

 さらに、自分の夫人を後継者にと考え、周囲から次期大統領の有力候補と見られていた副大統領を解任などという話を聞くと、もはや国家の体をなしていないなという感じがする。軍の行動は、言えば民衆の声を代弁したものなのかもしれない。

 しかし、情報がほとんどない状況で論じることは、やはり間違いを犯す危険が大きいとしたものだろう。大統領権限で次期大統領を指名できるような仕組みでもあるのかどうか。法律がまだ整備されていなくてそれが可能だというのならとんでもない話だが、もしも選挙制度が確立されているのであれば、副大統領解任といえどもクーデーターの原因にはなり得ない。選挙に立候補すればいいという話だからだ。実際そこらへんはどうなっているのだろうか。

 ニュースの中でもう一つ気になったのは、第一次大戦後のドイツを思わせるような、とんでもないインフレだという経済状況だ。ドイツのインフレは、確か第一次大戦後、戦勝国に対し莫大な賠償金を支払わなければならず、そのために紙幣を大増発したのが原因ではなかったか。

 ジンバブエのインフレは、どのようなことが原因で起きたのだろう。その天文学的インフレ率からすると、やはり紙幣の大増刷が原因だと推測されるが、その大増刷せざるを得なかった理由は何だろう。それが、もしも大統領の恣意的な政策を実現するためのものだったとしたら、これはもう大統領の責任問題は免れない。実際どうなんだろうか。

 しかし、そのようなインフレ問題も、やはり制度の不備が関わっているだろうことは容易に予想できる。大統領が大増刷せよと指示できるようなことが許されるとしたら、それはとんでもない話だからだ。紙幣の印刷は、経済官僚によって管理され、権力者といえども直接介入できないように法律で決めていなければならないはずだから。

 司法、行政、立法の三権に限らず、あらゆる分野が法律を基に運営され、権力者の恣意的介入を許さないような法律や制度ができていてこそ、近代国家というべきである。ジンバブエの場合、そこいらの事情はどうなっているのだろうか。法治国家というのは、その意味では、人類のたどり着いた最終的な国家形態だと言えると思う。

 さて、どうもニュースの影響なのか、37年間も権力の座にあったことで、ムガベ元大統領が次第に独裁的になったかのような印象を持っているのだが、それでいいのだろうか。アフリカの貧しい小国のことなど、先進国はすぐ忘れてしまうのか、詳しい情報もないままに、すぐに報道されなくなってしまった。問題を深く掘り下げるには、どうしても正確な情報が必要なのだが、ジンバブエのことなど掘り下げる必要などないということなのだろうか。

 というわけで、以下はジンバブエのことというわけではなく、独裁体制が生まれる一般的な仕組みについて考えてみたことを書いてみよう。以前、北朝鮮について書いたことと似たり寄ったりのことになるが、まあ暇つぶしにお付き合いください。

 独裁体制というと、すぐに独裁者個人の資質を問題にする傾向があるが、実はそれ以上に独裁者の周りに支配層が形成され、その支配層の関与こそが、その権力の集中を助け、さらにはより大きな権力をさえ作り出しているというように考えた方がいいと思われる。言わば独裁者の権力が、支配層によって強力にバックアップされ、さらに増幅されるのではないか。

 権力のあるところ、それに取り入って甘い汁を吸おうという人間が、周囲に集まってくるのは人情として理解できる。まず、権力者の威光を利用すれば、本来は何者でもない人間なのに大きな顔ができる。さらに、その権力の末端に連なり、許認可権限でも手に入れれば、それこそ弱い立場の人間に対して威張り散らすこともできる。さらには、それを利用して賄賂のような甘い汁を吸うことも可能だろう。

 すると、権力者の周りには、すぐに、その権力を利用したい支配層が形成されることになる。その支配層は、権力者からの距離に応じてそれなりの小権力を手に入れ、ピラミッド型の階層さえ形成されるだろう。最も身近な腹心クラスの支配層から、下はちょっとした許認可を仕事とする末端の役人まで、既得権益集団が出来上がってしまうのだ。

 残念ながら、高邁な理想を掲げて登場した共産主義国が、全く愚劣な独裁国家へと変貌してしまう理由も、独裁権力がその周りに人々を引き寄せ、支配層という悪しき瘡蓋のごとき存在を作り出して腐敗せざるを得ないということで、説明できるように思う。プロレタリアート独裁を掲げたマルクスは、とんでもない間違いを犯したというべきである。良き独裁などというのは、あり得ない完璧な二律背反だ。

 さて、周りに支配層が形成されてしまうと、もはや単に独裁者が専制的に振舞っているのではなく、独裁者を頂点とする支配層として大衆に君臨しているというべきである。そのような場合、独裁者の権力維持に、支配層が大いに協力するのは当然だ。それはまた、自分たちの既得権益を守ることにもつながるからだ。

 つまり、独裁もまた一つの社会体制であり、権力システムである。単に、独裁者という個人が恣意的に権力を振るっていると考えたら、それは大きな間違いだ。システムである以上、それを打倒することが、単に独裁者を倒せばいいということにならないのは、理屈からして当然のことだ。代わりの独裁者が、救世主のような顔をして現れ、少々前任者を批判して改良することはあっても、そのシステムをほぼ無傷で継承するのは目に見えているからだ。

 そういうわけで、ジンバブエの場合においても、独裁を阻止するような法治国家への歩みを始めるのかどうかが、私にとっては重要な視点になる。ニュースを見ていて、「大統領夫人が次期大統領なんて、そんなバカな。当然解任された副大統領がなるべきだ」と考える人がいるとしたら、それはとんでもなく甘い見方だろう。

 理由。独裁者の腹心であったような人間は、まず基本的に自らも独裁者の権力に連なり、そして甘い汁を吸ってきた人間のはずだ。清廉潔白な人間が、独裁者の腹心でいることが可能かどうか。誰でもわかることではないか。清廉潔白で、大統領に諫言などしたら、とっくに始末されているはずだからだ。

 つまり、大統領夫人も副大統領も、まず確実に独裁者への道を歩むはずだ。どちらも独裁者のそばで、今日まで思いっきり甘い汁を吸ってきた人間なのだから。前任者の失敗を他山の石として、少々の体制改変はあるにしても、さあ今度は自分の番だ、となるのは目に見えている。また、支配層という既得権益集団も、それを強く望んでいるのである。

 余談だが、こういう場合、我が故郷伊江島方言では、「ヌン ハワユルバアイ。ニタカマ ヤツァ(何も変わるものか。似たような連中だ[どのみち同類だ])」と表現する。そう言う時の父母のうんざりした顔が思い出され、懐かしかったので。蛇足でした。

 大切なことは、権力を分散し、その権力も法律によって規制されているような、法治国家をこそ造り上げることだろう。それができるかどうかが、現在のジンバブエにとって最も重要なことだと思う。

 そのような観点から、今少しジンバブエの動静を知りたいのだが、マスコミはあっという間に通り過ぎて、その後どうなったか、全く情報がない。マスコミというのは、何とも表層的なメディアだと言うしかない。困ったものである。

ーーーーーーーーーー




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ジンバブエを巡っての雑感 アカバナー通信/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる