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zoom RSS (私考)異常気象頻発状況での避難指示のあり方

<<   作成日時 : 2018/07/13 08:38   >>

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画像「避難指示」基準見直しへ、と題された記事を読んだ。確かにその必要があるだろうと思われた。いつの災害だったか、あるいは台風の時だったのだろうか、「避難準備」という用語がどうも避難する心積もりでいてくらいの、軽いニュアンスで受け取られているのではないかという指摘があった。それ以降、「避難準備が発表されましたが、これはお年寄りや避難に介助が必要な人は避難してくださいということです」と、注釈がつくようになった。

 何かまだるっこしい。それなら「高齢者等避難指示」とでも表現すべきで、避難準備などという曖昧な表現と長々しい注釈では、伝える方も大変だろうと思った。どうして単刀直入に表現してはいけないのだろうか。高齢者差別にでもなるというのだろうか。よくその理由がわからない。

 避難準備、避難勧告、避難指示などという言葉もどうも中身が曖昧だ。言葉から受ける感じだと、だんだんに切迫していくような感じがする。しかし、それもあっという間に水が迫ってきてしまった今回の状況からすると、そんな徐々に災害が迫ってくるという発想自体、もはや現実に合わなくなっているような気がする。そして、どちらを出そうかなどと会議している間にも、あっという間に洪水発生、浸水という事態になってしまっている。

 温暖化の影響だろうか、豪雨災害の方は、その被害出現までの時間をどんどん短縮しているのに、人間の対応の方は、相変わらず今まで通りののんびりしたものなのではないか。つまり、自然災害の進化に、我々の対応が取り残されているのだ。

 その意味で、避難に関する表現の再考以前に、豪雨災害という自然現象の把握が、前提として必要だと思われる。気象レーダーや衛星画像、様々な観測機器の高性能化、またスーパーコンピュータの性能向上で、情報処理能力は格段に高度化、高速化している。5日後の台風の進路さえも、ほぼ確実に把握できる段階にあるのだ。今まで蓄積された気象データと、それにより起きた豪雨災害状況をインプットし、AIで処理すれば、確度の高い豪雨予報が可能なのではなかろうか。

 そのシステム構築には、それなりの時間が必要だろうが、もはや自然災害は、かなりの確度でその発生を予測し、対処しうる段階にあるはずだ。今回の歴史的豪雨災害を決して無駄にしてはいけない。もう2度とこのような大災害を引き起こさないためにも、豪雨予報の精度向上と避難指示の的確化が、絶対必要だと思われる。

【  <避難指示>基準見直しへ 年内に新指針「災害発生前に」
            7/12(木) 6:00配信 毎日新聞

 政府は、西日本豪雨で河川の氾濫後に避難指示が発令されたり、発令後も住民が逃げ遅れて被害が拡大したりしたことを踏まえ、避難指示や避難勧告に関するガイドラインを見直す方針を固めた。有識者や関係省庁の防災担当者などで作る検討会を設置し、自治体が災害発生前からちゅうちょせず避難指示・勧告を発令できるよう判断基準の見直しを図る。年内に新ガイドラインを策定する方針だ。

 菅義偉官房長官は11日の記者会見で「従来とは桁違いの豪雨被害が繰り返し発生している。気象庁が発表する防災気象情報と自治体の避難情報の連携なども含め、検証していく必要がある」と述べ、災害時の住民避難や特別警報など気象情報提供のあり方を見直す考えを示した。

 現行のガイドラインは、各市町村に災害時の避難指示・勧告を行う際の判断基準などを示し、各市町村に発令基準を策定するよう求めている。避難指示や勧告をいつ出すかは、市町村長の判断に委ねられている。今回の豪雨では、岐阜県関市で河川の氾濫後に避難指示が出たほか、岡山県倉敷市などでは避難指示が出ても自宅にとどまって孤立する住民が続出した。

 新たに設置する検討会では、本格的な災害が起きる前段階で自治体が避難指示や勧告を発令し、住民の避難を徹底するよう対応策を協議する。政府内では、市町村長だけでなく、都道府県知事も発令できるようにする案も浮上している

 また、気象庁の警報など気象情報提供のあり方も検証する。気象庁と自治体との連携を強化し、住民にこうした情報が直接届く仕組みづくりも検討する。[川辺和将]】(下線引用者)

 ちょっと驚いた。「避難指示や勧告をいつ出すかは、市町村長の判断に委ねられている」という部分だ。市といっても5万から100万都市まで、その規模はまちまちだろう。町村に至っては、それこそ職員が少人数で構成されている場合がほとんどではないか。時に台湾や中国、オホーツク海、ロシアといった遠方の状況をも考慮して気象状況を随時判断し、避難に関する的確な指示を出せるのだろうか。

 少なくとも気象や災害に関する外部専門家をもお願いし、自治体の職員、消防や警察の職員、できれば医療専門家も含めた専門チームで災害対応をするのでなければ、被害を減らすことはできないのではなかろうか。

 また、地勢的視点で地域を横断的に分割し、市町村、時には県を超えた専門チームを置き、そこに市町村長、知事が参加するような、そういうことも必要になるのではないか。現在よりも広範囲な視点での対策システムが必要だと思われる。自然災害は市町村単位で起きるのではなく、地勢的な要因で起きる場合がほとんどだろうから。

 いずれにせよ、避難準備、避難勧告、避難指示などと、自然災害の危険が徐々に高まるかのような現在の表現は、もはや今回の災害のような最悪事態には全く的外れだったというべきではないか。今回の豪雨災害被害は、従来のスピードをはるかに超える速さで出現した。今までの表現自体が、徐々に高まる危険というような印象を与え、人々に豪雨災害への対応を遅らせた可能性がある。

 どうなんだろう。避難待機(いつでも避難できるよう準備しておく)、避難開始(何をおいても避難する)だけでいいのではないか。避難待機は大雨注意報発令時、そして今までの避難準備は避難開始とすべきだろう。そうでなければ、とても被害を防げないほどに、従来では考えられない激しい豪雨が起きたのだ。

 災害に高齢者も若者もあるものか。危険があれば、当然みんな一斉に避難をするべきだ。むろんそれで災害が起こらなければ、良かったと喜ぶべきなのだ。まるで災害が起きた方が良かったとでもいうような、避難が無駄だったと行政を批判する言動はおかしいというべきである。

 西日本豪雨は、今までの中で最悪の豪雨災害だった。だからこそ、それを基準として災害対策を考えるべきだと思う。地勢論的視点での地域横断的な防災専門チームの確立、避難指示の体制再構築が必要だと思われる。市町村や県といった自治体単位で、災害が起きるのではないからだ。避難指示のあり方も、今回の最悪事態を基準に、単純化、明確化を考えるべきだ、と私は思う。

 そして、避難指示の空振りは恥ずかしいことではないし、非難されるべきことでもない。当たり前だが、何もなかったことを喜ぶべきなのだ。と書いても、「空振りで良かったねー」と喜ぶといった悠長な発想など、イライラ、セカセカの現代社会では、もう誰にも通じないのだろうか。


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