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zoom RSS 私の好きな琉歌

<<   作成日時 : 2009/05/21 19:43   >>

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画像 梅雨の晴れ間というのだろうか、今日は、昨日までの梅雨空が嘘のように晴れ渡っている。梅雨入りしたばかりで、しかもダムの貯水量も、去年暮れからの小雨傾向のため、著しく下がっていることもあり、梅雨らしくどんどん降って欲しいところだが、なかなか思惑通りにはいかないものだ。

 昼ウォーキングしていると、最近までの小雨傾向で元気の無かった街路樹が、久しぶりの雨で潤い、とても生き生きしているように見える。ホウオウボクなどは、例年なら豊かに葉を茂らせている頃なのに、今年は、まったくスカスカ、ほとんど日陰を作る元気もなかったのだ。それでも、この二日ほどの雨で、やはりグンと新芽を伸ばしている。

 乾燥に強いガジュマルでさえ、このところ落ち葉が目立っていた。今年に入ってからも、本当に雨が少ないのだ。人間界の不況と同じで、やはり葉をリストラせねば耐えられないのだろう。本来なら、青々とした新緑に覆われる時期なのに、黄色い葉を落としているのは、とても痛々しい風景だ。そのガジュマルも、このところの雨で、ほっと一息ついているように見える。

 なお、今年ちょっと気になっている異変は、デイゴの木である。花付きのおかしい木が多いのだ。木の半分ほどにしか花が無く、残りの部分は枯れたように見える木が、そこかしこにある。何なんだろうか。素人の単なる直観だが、何か病んでいるように見えるのだ。そろそろ新緑を茂らせる時期なのに、その気配のない木も多い。それが少々気になる。

 今日などは、そろそろ木々の作る木陰が、例えば砂漠でオアシスにたどり着くような、そんなありがた味を感じさせる日だった。木陰から木陰へ、まるでオアシスからオアシスへと、そこで一息つきながら進むラクダのように歩いているのだ。炎天下を歩いている時の、もう一息、あの木陰まで、あの建物の陰まで行けばという思いは、決してオーバーな表現ではない。夏に沖縄を訪れたことのある人は、おそらく理解していただけるだろう。

 そんな灼熱の太陽が降り注ぐ中で、ふと心をよぎる琉歌があった。別に天候とは関係ないのだが、明るさと強さと大らかさ、そんなものを感じさせるという意味でなら、やはり何らかの連想が働いたのかも知れない。

  思(ウム)ユラバ 里前(サトゥメ) 島トゥメティ イモリ
  <恋しく思うのならば 殿方     私の故郷を探して おいで下さい>

  島ヤ 中城(ナカグスィク) 花ヌ伊舎堂(イシャドー)
  <私の故郷は中城      花咲き誇る伊舎堂ですよ>

 今回も、私の勝手な感覚での訳なので、きちんとした訳が必要ならば、まあ琉歌全集などにあたって調べて下さい。残念ながら資料が手元にないので、直感的な我流の訳です。

 何というか、男に対して「本気なの?」と突き放すような、試すような歌いぶりが、何とも心地よいのだ。この、あっけらかんとした大らかさ、明るさこそ、沖縄の太陽にふさわしいと感じられる。下二句の誇らかな宣言も、誠に気持ちのいい素直さが感じられて爽快だ。こんな風にも自らの故郷を堂々と表現できることに、私は、とても心地よいものを感じる。

 この琉歌を鑑賞するに際し、勝手な状況設定をしたことがある。言えば、『伊勢物語』風な、歌物語化して鑑賞するのだ。例えば、6、7歳になって、身分の高い士族のもとへと子守りなどに出された少女。やがて年季があけて、故郷へ戻れることとなった。この数年で、幼かった少女も、いつしか初々しい乙女へと成長していた。そんな少女に、それとなく言い寄って来る青年も現れる。だが、少女は、もう故郷へ帰れる喜びで胸が一杯なのだ。言い寄って来る青年に、少女は、誇らかに宣言する。“思ユラバ 里前 島トゥメティ イモリ……”という具合。

 どうも文学などに深入りしすぎた人間というのは、勝手な妄想を紡ぎ出すものだ。断っておくが、この状況設定は、私のまったく勝手な妄想である。従って、この琉歌の背景だなどと決して思い込まないように願いたい。

 だが、この歌が持ってる、故郷に対する熱い思い、誇らかな気持ちは、決して私の妄想ではない。それ故にこそ、私はこの琉歌が大好きなのであり、それに適うような物語を紡いだつもりである。その点は、私なりに自信はある。凛として気品高く咲くテッポウユリ、それにふさわしい、生き生きとした風景を準備したつもりである。

 と言っても、まあこんなのは、いわば主観の世界でのみ可能な、手前勝手な思い込みではあるのだが、そもそも文学とは、そんな主観の世界に花咲くあだ花なのだから、これはもう仕方が無いことだ。どうぞご自由に判断して下さい。夏の太陽、その強烈な光をも凛としてはね返す、みなぎる生命力を秘めた黒い涼やかな瞳、そんな琉歌である。

 しかし、暑かった! 現実の私は、そんな琉歌を思い浮かべながらも、とぼとぼと歩く、灼熱の太陽にあぶられてうんざりしている初老の男なのだった。おお、美しき幻想よ。若い頃は、そんな幻想からわき上がる内なる力のままに、夏の太陽にも敢然と挑むように歩き回っていたものだが、それも今は昔というよりないことなのだ。

 だが、そんな乙女の幻想が紡げるだけでも、まだいいのだとしよう。<花の伊舎堂>とは、むろん伊舎堂を美的に表現する慣用表現だろうが、花のように美しい私が生きている場所ですという、若い女性の強烈な自己表現だと考えてもいいのではないか。そんな、何ともいえない、爽やかな強さを感じさせる琉歌である。





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