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zoom RSS (臨時)翁長知事逝く

<<   作成日時 : 2018/08/09 08:30   >>

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画像 翁長知事の意識が混濁、二人の副知事が職務を代行する旨の会見が流れた。昨夕5時過ぎのことである。最近めっきり痩せてしまったとは思っていたが、これほど体調を悪くしているとは思わなかった。その最近の様子を思い浮かべ、強い不安に駆られた。

 午後7時すぎだった。「沖縄県の翁長知事死去」の一報が流れた。一瞬、心の中をショックが走る。心の準備もないままに、あまりに突然のことだったから。文字を目で追うが、何か妙な違和感にたじろいで読み進められない。信じられないのだ。

 翁長知事は、高校の同級生である。ただし、同じ高校の同じ理数科といっても、5クラスもあり、また芸術科目選択の関係で同じクラスになることもなく、それで顔も知らなかった。特に私の場合は、2年から3年へとクラスが持ち上がりだったこともあり、また極めて内向的だったこともあって、同級生のことをほとんど知らない。

 私たちは、極めて特殊な時代を生きていたと思う。3日と空けず報道される米軍人、軍属による犯罪行為。我々は屈辱的状況に置かれていたのだ。当時、ベトナム戦争が激化、ベトナムの僧侶たちによる抗議の焼身自殺が報道されることもあった。それを、南ベトナム大統領夫人が「人間バーベキュー」と嘲笑したこともあった。

 そのようなニュースを見て、沖縄の高校生が何名も抗議の投身自殺をしたら、米軍支配からの脱却、復帰が実現するだろうか、などと考えたこともある。私のようなおとなしい人間でも、そんな過激なことを考えるように追い込まれてしまう状況があったのだ。

 米軍人、軍属による犯罪は、多くは微罪放免、時には裁かれることもなく本国に帰っていく。その屈辱こそが、私をそのような過激な考えに導いた。私は、文学や聖書を読みふけることで、どうにも耐え難い状況をなんとか耐えていた。心理学の本を読みふけったのもそれが理由だろう。

 その心理学の本の中で、「アイデンティティー」という概念を知った。やっと自分の混乱の本体に出会えたと思った。このような屈辱的状況下で、私が私であることにどれだけ誇りを持てているか。私の苦しみはそこから生まれるのだ、と。

 そして、「基地が無ければ沖縄経済が成り立たない」というような大人の論理は、決して私のような青少年のアイデンティティーの苦しみに気づくことはない、とも考えた。「教師になろう」と思った。私は、私が苦しんでいるように苦しむ子供達の隣にいよう。そんな苦しみを抱えていることも知らない、馬鹿な大人など糞食らえだ、と考えた。

 勉強のため広島にいた頃、1970年、コザ暴動が起きた。いつものように事故を起こした米軍人をかばって、早々に引き上げようとするMPに腹を立てたコザの人たちが、我慢の限界を通り越して怒りを爆発させた。米人の車を片っ端からひっくり返し、火をつけ始めたのだ。積年の恨みゆえの暴発だった。

 ただし、断っておく。このような暴動によくあるように、関係ない商店をも襲って商品を略奪するような、そんな無秩序なものではなかった。米国人所有の車をひっくり返して火をつけたが、そして道路を占拠もしたが、米国における暴動のような、犯罪に走る無秩序なものではなかったのだ。

 こういうことを書いておくのも、翁長知事世代の私たちが、どのような状況を生きていたか、それを書いておきたかったからだ。無論理解などしてもらう必要はないし、できるとも思わない。私は、連帯などという言葉の大嫌いな人間である。

 思想は、それが誠実であろうとすればするほど、決して連帯などしない。必ず孤独である。孤独でなければ、思想を純粋に論理の積み上げとして貫徹することはできないからだ。連帯などという人間は、必ず他人に妥協し、汚れる。そんなのは思想ではない。

 念のため、単純な思考回路しか持たないように見える米国のためにも書いておこう。米軍関係者への特別扱い、微罪放免や無罪、時には裁判さえ開かれず帰国する状況は、あなた方にとっても不幸だった。犯罪者が裁かれず、裁かれても形式的とも言える軽い罪で済むということは、米軍関係者にとって沖縄が犯罪者養成学校だったということだ。犯罪に手を染めても、そんな特別扱いを受けた者が、本国に帰った途端、真面目に働き出すなどと考えたら愚かしい限りだ。韓国、沖縄、フィリピンは、その意味では米国人犯罪者養成所だった。このような状況を、日本では因果応報と呼ぶ。大変ですね。凶悪犯罪が、軒並み日本の50倍に達する犯罪大国アメリカさん。

 ベトナム戦争が終結し、確か5万余を数えた駐留米兵も少なくなり、米軍関係者による犯罪も激減した。それはそうだろう。ベトナムへと送り込まれ、明日をも知れぬ状況にあり、実際同僚が棺の住人となるような場合、自暴自棄になり犯罪行為にも走りやすくなるのは当然だ。

 私の感覚では、暴力、強姦といった凶悪犯罪は激減した。ひょっとして、性差別をなくそうと行われた女性の大量入隊だが、その多くが性被害にあっているという報告もある。そんなことが、逆に県民の性被害を少なくしているのだろうか。

 だが、私たちが過ごしてきた屈辱の日々を忘れることはできない。安保条約で米軍に守ってもらうというのは、反論はあるが別にこだわることはない。それならそれでいいが、なぜ沖縄に基地を押し付けるのか、ということだ。

 米軍はどこでもいいですよと言っている。実際日本政府も、一時期あちらこちら検討したようだ。しかし、どの候補地でも、名前が上がった途端、大反対の声が上がる。つまり、そんな声を上げざるをえないものを、あなた方は沖縄に押し付け、何食わぬ顔でのうのうと生きているということだ。国防は米軍にお願いし、その基地負担は沖縄に押しつける、ですか。実に虫のいい考え方ですね。

 自民党員だった翁長知事が、最後の最後に反旗を翻したのも、おそらく同様の思いを抱えて生きていたからだと私は思う。仲井真知事が向こう8年間に渡る毎年3千億円の予算措置と引き換えに、辺野古移設容認を打ち出した時、それが名護市長選挙直前の受け入れ表明であり、市長選での移設反対派候補の有利を、おそらく自民党は情勢分析で掴んでいたからであろうと考えた時、またそのような仲井真知事の行動が「沖縄乞食」というような嘲笑となってネット上を駆け巡った時、おそらく翁長知事も切れたのだろう。

 その時の仲井真候補の選挙ポスターはひどかった。目が死んでいる。嘘つきの目だと思った。沖縄では「ソーヌガー(魂の抜けた人間)」という言葉があるが、心ここにあらざる目つきだったのだ。あのポスターを見れば、仲井真知事のしたことは一目瞭然だ。当然、県民にもバレバレだった。どう足掻いても、翁長候補に勝てるわけなどなかった。

 翁長雄志は誠実に生きた。自分に正直に生きたと思う。彼もまた、沖縄を誠実に受け止めて生きたのだ。そうでなければ、自民党に反旗を翻した行動が説明できない。それは、政府自民党に従い、県民に反旗を翻した仲井真知事とは真逆の行動だった。

 私は、仲井真知事の行動を「新芋と裸足論」だと考えた。基地経済が沖縄経済の30%だった昔、米軍基地が無ければ沖縄経済は成り立たない、復帰などしたら昔の芋と裸足の生活に戻るぞと、沖縄自民党は主張した。右翼さん、知らないだろうが、沖縄自民党は時期尚早、復帰反対を唱えていたのだ。無論、復帰イコール米軍基地撤去と考えていたからだ。しかし、それは実現しなかった。米軍基地はそのまま残った。

 今はどうか。米軍基地を受け入れることで予算措置してもらわないと、沖縄経済は成り立たない、基地受け入れと引き換えに潤沢な予算獲得しようというのが、私の名付けた「新芋と裸足論」である。

 無論政府もその足下を見透かし、内閣府が莫大な赤字を予想した鉄軌道にまで調査費を計上している。まあ、どう考えてもこんな馬鹿な計画はあり得ないが、5千億くらいで恩を売れれば上出来、その上毎年赤字を出し清算となれば、また予算措置が必要になる、いずれにせよ政府の予算なしでは、沖縄は二進も三進もいかなくなる、つまりいいなりだ、というわけだろう。

 翁長雄志よ、もう安らかに眠ってくれ。いつまでも続く沖縄の愚劣な状況などもう忘れてしまえ。君は、もう十分に戦ったのだ。心身を削ってまで沖縄のために生きたのだから。歴史は、君を永遠に記憶する。絶対だ。君の同級生であることを、私は誇りに思う。


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