ソテツの鉢替え

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 昨日、ソテツの鉢替えをした。去年、伊江島に行った際、湧出(ワジー)で拾った実が発芽し、1年ほど経過した。9個の実のうち7個が発芽、1年余の昨日まで順調に生長、そろそろ鉢替えの時期かと判断したのだ。

 ペットボトルを利用した仮の鉢で育てていたが、おそらく根はもう底まで達していると推測された。以前発芽させたときは、手元にあった割と深い鉢で発芽させたのだが、さて、2年ほどは経過していただろうか、地植えしようと取り出してみたら、何と鉢の底で、太い根が蛇のようにとぐろを巻いていたのだ。ソテツは、とても深く根を張る植物である。

 さて、何はともあれ鉢上げの経過を、写真を交えながら紹介しよう。まずは1年後の写真から。この夏、0.5ミリも無いようなごく小さな昆虫が発生、それが出てきた新芽に取りついて樹液を吸うのか、まだ葉を開いて居ない新芽が、茶色になって枯れていくということがあった。急いで殺虫剤をかけたが、だいぶやられてしまった。茶色になった葉は、もう開くことも無く枯れ落ちた。

 そのせいか、新芽がやられたソテツは、去年から葉の数が増えていない。それで、だいぶ葉の数に違いがある。まあそれでもソテツは頑強な植物である。冬の寒さも難なく乗り越え、来年にはまた新芽を出すだろう。

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 鉢上げするのは、少々深めの鉢でなければならないが、普通規格ではない鉢は値が張る。なるべく安くとネット上を探して見つけたのが、プラスティック製の深いポットだった。それが以下の写真。高さは22センチだが、届いてみると、何と代用ペットボトルより2センチほどしか高くなかった。それなりの値段もしたので、今までのよりも背の高い900ml~1リットルのペットボトルでよかったかもしれない。以下がその購入したポットの写真。

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 さて、鉢上げ途中の写真も撮っておけばよかったのだが、作業に入ると一気に片付けてしまうのが私の性分で、気付いたらもう終わっていた。何ともまあ我ながらせっかちなのだが、これも親父譲りの性分だ。親父がまさにそうだった。農作業を片付ける場合、だらだら汗をかきながらも、一段落つくまでは決して休まなかった。というわけで、以下鉢上げ後の写真。

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 さて、面白いことに気付いた。ソテツの実の殻は、まだペットボトルポットに残っていたが、持ってみるととても軽かった。殻は、発芽させるために軽くヒビを入れた時のままで、中身だけが無くなっていたのだ。ソテツは、殻を割ることなく、どのようにして根や葉を伸ばしたのだろう。不思議だ。以下、その殻の写真。

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 ピンクシャワーツリー(Cassia grandis)などは、発芽後殻を脱ぎ捨てる。あるいは、うまくいけば地中で殻を脱ぎ捨て、双葉を出すものもある。殻の内側には、脱ぎ捨てるためだろうか、少々ヌルっとした粘液のようなものが付いているのだ。それが、もし脱ぎ捨てるためであるなら見事な工夫だ。

 ところが、ソテツには、そのように脱ぎ捨てたような感じはない。水を吸わすために入れたヒビは、広がっているわけでもなく、中身だけが消えているのだ。

 ふと思い出した。最初、ソテツの実から舌のようなものが伸び出してくる。それが二又に分かれ、そこから葉が伸び出すのだ。舌はその後地中へ潜って根となるようだった。そうか。たぶん、その分かれ目に、後々茎となっていく株が形成され、根と葉を伸ばす起点になるのだろう。また、実に繋がった舌を通して、実の栄養をどんどん吸収、ついには実に蓄えられたものを全て使い切り、実と繋がっていた舌まで吸収してしまうに違いない。以下は、去年発芽した時の写真。

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 倉庫から必要なものを取り出して利用、それで最初の根や葉を伸ばしていくのだろう。ソテツの幼い命に栄養を送り続け、やがて倉庫は空になって役目を終える。芽を出すまではその固い殻で命を守り、時至って発芽すれば、営々と栄養を送り続けるのだ。何だか空になってしまった殻がとてもいとおしい。

「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてありなん。死なば多くの実を結ぶべし」か。私自身はキリスト教徒ではないが、新約聖書は、心をえぐる、優れた比喩に満ちた詩的世界である。


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